【アラベスク】メニューへ戻る 第14章【kiss】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第14章 kiss



第3節 晩餐会 [3]




 両手でパタパタと膝辺りを隠そうとする相手に、聡がパチクリと目を丸くする。
「スケベって何だよ? 俺のどこがスケベなんだよ?」
「だって今、変なところ見てたでしょう?」
「変なトコロなんて見てねぇよ。何言ってんだよ。お前こそ変な誤解すんなよ。俺は別にただ可愛いって」
 と、そこまで言って、今度は聡の耳が紅くなる。
 やべっ 俺、今、素で美鶴に見惚れてた。
 途端、妙な小っ恥ずかしさが湧き上がる。片手で口を押さえるが、なんともバツが悪い。
 そんな聡の態度に、美鶴までもが恥ずかしくなってしまう。
 な、なに赤くなってんのよっ!
 俯く美鶴に向かって今度は瑠駆真が一歩前へ。
「美鶴、化粧もしてる?」
「へ?」
 思わず向けた先で、こちらはずいぶんと落ち着いた表情の少年。だが、美鶴と視線が合うや、微かに目が泳ぐ。
「なんか、ずいぶんと色っぽいね」
 平静を装いながらもどこかぎこちない。瑠駆真にしては非常に珍しい。本当に珍しいほどに落ち着かない仕草で艶やかな自分の髪を弄くりまわし、チラチラと美鶴へ視線を送っては、最後に意を決したように息を吸う。
「すごく、可愛いよ」
 うっ!
 美鶴の頭部が再び沸騰する。
 ド阿呆っ! 真正面から言うなよ。どうすればいいんだよっ!
「お前ら、馬鹿かっ!」
 照れと怒りで怒鳴りあげる横からカラカラと面白そうな笑い声。
「いやぁ 青春だねぇ」
 見ると、両腕を胸で組んで状況をおもしろがっている美容師が一人。その横で、幸田も両手を口に当ててクスクスと笑みを零している。
「でも、本当に今夜の美鶴様は素敵ですよ」
「そ、そそ、それはっ」
 もうどうしたらいいのかわからない。
 何だ? 何だ? どうしてこうなった? なんでこんなところで笑い者にされなきゃならないんだ?
 怒りが湧き上がるも、それを幸田や井芹へブチまけるワケにはいかない。となると、この怒りの矛先になるのは―――
「だ、だいたい、何? 何で聡と瑠駆真がここに居るワケよ」
「なんでって、そりゃあお前」
 聡が身を正して向かい合う。
「気になるだろう」
「何が?」
「何がって、お前、霞流ん()に行くなんて聞かされたら、気になるだろうが」
「だから、何が気になるのよ?」
 直前まで気にしていた両足の露出なぞどこへやら。デンッと足を開き、腕を組んで顎をあげる。
「何って、だから、霞流ってヤローと会ってんじゃないかって」
「だから、霞流さんは今日は居ないって言ったじゃないっ! 何よ、信用してないワケ?」
「疑ってるってワケじゃねぇよ」
「じゃあ何よ?」
「簡潔に言うなら」
 興奮がエスカレートしそうな二人の間に、強引に瑠駆真が割り込む。
「少し疑ってたって言うのが正直なところかな」
「あら、ずいぶんと素直じゃない」
 嫌味がましい美鶴の視線に瑠駆真は苦笑する。
「ここで嘘をついても何の得にもならないしね」
「でも、疑われたこちらとしては、いい気分でもないわね」
「不安で眠れそうにもないこちらの身も、少しは察して欲しいな」
「不安?」
「好きな子がイブの夜を誰とどんなふうに過ごしているのか、気になるのは当然だろう?」
「どこで誰と過ごすかなんて、ちゃんと知らせたじゃない」
「できれば一緒に過ごしたいと思うのも、当たり前だと思うけど」
「それはできないって、言ったでしょう?」
「できないと言われて、はいそうですかと引き下がれるほど、僕たちは単純にはできていないんでね」
 そこでニッコリ笑って首を傾げる。
「君を諦める気も、サラサラないし」
 途端、ヒューと甲高い口笛が響く。
「わおっ 熱烈っ!」
 井芹の冷やかしが美鶴の怒りに油を注ぐ。
「ば、バッカじゃないっ!」
 その一言が、今度は聡に油を注ぐ。
「馬鹿とは何だよっ!」
 右手で拳を作って一歩前へ。
「言っとくけどなぁ、こっちだってハンパな気持ちで言ってんじゃねぇぞ。マジなんだからな」
「君は信じてはくれていないみたいだけどね」
「そ、そんな事はない。お前たちの気持ちはそれなりに理解しているつもりだ。だからちゃんと」
「ちゃんと? ちゃんと何だよ? ちゃんと断ったから、だからそれで問題解決だと思ってんのかよ? 冗談キツいぜ」
 吐き捨てるような聡。
「一言二言で断られて引き下がるほど、俺たちは甘くはねぇんだよ」
「甘くって、別に甘く見てるつもりはないっ」
「どうだか? どうせ霞流の事が好きですって言えば、それで俺たちを追い払えるとでも思ってんだろ? 思ってるし、俺たちは引き下がるべきだとでも思ってるんだろう?」
「だって、私にはアンタ達の気持ちは受け入れられないんだから、だから、だったらアンタ達は素直に引き下がるべきでしょうっ」
「それが甘いって言うんだよ」
 グッと拳を顔の前で握る。
「そう簡単にこっちが諦めると思ったら大間違いだからな」
 小さな瞳がまっすぐに美鶴を捕らえる。
 本気だ。コイツ、諦める気がまったくない。
「悪いけど、僕も諦める気はないからね」
 聡の横で、瑠駆真の瞳が黒々と輝く。
「君がどれほど霞流慎二に想い入れているのかは知らないけれど、こっちも本気なんだ」
 冗談じゃない。
 美鶴の背中に寒気が走る。
 こいつら、まったく諦める気がない。って事は、これからも私はコイツらに追い掛け回される事になるのか? 纏わり付かれて常識を逸脱した言動に振り回されて、そうして学校では今まで通り、好奇の視線を浴びまくる事になるのか。
 常識を逸脱した言動。
 そうだ、コイツらのやってる事はあきらかに常識から外れている。尋常じゃない。それは例えば春の校庭だとか、夏の夜の教室だとか、私の部屋だとか、それからそれから。
 グルグルと蘇る各種イベント。
 冗談じゃない。こっちはどれほど迷惑してると思ってるんだ。
「冗談じゃないぞ」
 唸るような美鶴の声。
「冗談じゃない。だいたい、お前達のおかげで私がどれほど迷惑してきたかわかってるのかっ!」







あなたが現在お読みになっているのは、第14章【kiss】第3節【晩餐会】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第14章【kiss】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)